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阿久悠

カテゴリー:エンターテインメント   登録日:2007/8/1  最終更新日:2007/8/1

阿久悠のプロフィール・作品

名前:阿久 悠 (あく ゆう:悪友をもじったもの.)
本名:深田 公之 (ふかだ ひろゆき)
生年月日:1937年(昭和12年)2月7日 - 2007年(平成19年)8月1日没
出身:兵庫県津名郡鮎原村(現:洲本市五色町鮎原)
学歴:明治大学文学部卒 - 明治大学院修士課程修了

大学院修了後、広告代理店の宣弘社に勤めながら、放送作家・作詞家としても活動。29歳になると宣弘社を辞め、本格的に作家・作詞家として活動をする。作詞家としては歌謡曲を中心に演歌、フォーク、ロック、アニメソングと多才ぶり披露。実に5000曲以上もの阿久作品が世に出ている。
また、歌謡界については作詞家として以外に、人気オーディション番組「スター誕生!」で審査員としてのみでなく、プロデューサー的提案も番組にしている。なお、この番組からは山口百恵、桜田淳子、森昌子、ピンクレディー、小泉今日子、中森明菜といったそうそうたる顔ぶれがデビューしており、後の歌謡・芸能界に多大な貢献をしている。
作家としても「瀬戸内少年野球団」など、すばらしい作品を残している。
2007年8月1日、尿管癌により、享年71歳でこの世を去っている。

阿久悠の主な作品】
1970年:笑って許して(和田アキ子)
1971年:また逢う日まで(尾崎紀世彦)、ピンポンパン体操
1972年:あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子)、どうにもとまらない(山本リンダ)、せんせい(森昌子)
1973年:狙いうち(山本リンダ)、わたしの青い鳥(桜田淳子)、個人授業(フィンガー5)
1974年:宇宙戦艦ヤマト(ささきいさお)
1975年:時の過ぎゆくままに(沢田研二)、北の宿から(都はるみ)
1976年:嫁に来ないか(新沼謙治)、ペッパー警部(ピンクレディー)、S・O・S(ピンクレディー)、津軽海峡・冬景色(石川さゆり)
1977年:カルメン'77(ピンクレディー)、勝手にしやがれ(沢田研二)、渚のシンドバッド(ピンクレディー)、気絶するほど悩ましい(Char)、ウォンテッド(ピンクレディー)、憎みきれないろくでなし(沢田研二)、UFO(ピンクレディー)
1978年:サムライ(沢田研二)、ブーツをぬいで朝食を(西城秀樹)、狼なんか怖くない(石野真子)、ダーリング(沢田研二)、林檎殺人事件(郷ひろみ)、モンスター(ピンクレディー)、透明人間(ピンクレディー)
1979年:カサブランカ・ダンディー(沢田研二)、OH! ギャル(沢田研二)、舟歌(八代亜紀)
1980年:雨の慕情(八代亜紀)、涙きらり(森進一)
1981年:もしもピアノが弾けたなら(西田敏行)、鳥の詩(杉田かおる)
1982年:色つきの女でいてくれよ(ザ・タイガース)、契り[ちぎり](五木ひろし)
1985年:夏ざかり ほの字組(Toshi&Naoko)、熱き心に(小林旭)
1986年:時代おくれ(河島英五)
1989年:学園天国(小泉今日子)、おんなの一生(島倉千代子)

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